香る伝統、味わう未来を、鹿児島から。かつお節のマルモ

マルモの歴史

創設者 大茂盛蔵株式会社マルモの創業者大茂盛蔵は、明治35年鹿児島県日置村(現在の日置市)の農家の三男として生まれました。高等小学校を卒業後、鹿児島市金生町にあったかつお節の卸問屋へ丁稚奉公に出ました。番頭まで勤めましたが、かつお節製造へ興味を持ち、25歳(昭和3年)のとき、枕崎市でかつお節製造卸売りをスタートさせたのが、マルモの始まりです。小さな工場から始めたものの、昭和10年ごろには100人以上がこの工場で働く程になりました。戦前戦後にかけてはカツオ船を所有し、「カツオ漁からかつお節製造まで」という一貫生産の実現を志しました。商いに対しては大変厳しく、自身は堅実に節約しながらも、仕事のため、従業員のために必要なお金、生きたお金はいくらでも使うという人物でした。6男2女を設け、戦後は息子と共に、カツオ漁業、製氷事業、冷凍・養殖事業、削りぶし事業等を多角的に展開し、現在のマルモの礎を築きました。